<Lilyofthevalley―だいじょうぶ。俺には金色の光がついている>





青年が去ってから、数刻して、行方知れずになっていたジェイドが謁見の間に現れた。
死んだ筈では・・・!とかいって周りがざわつく中、ジェイドは相変わらず飄々としていった。

「私が生きていることに関しては後ほど。陛下、これからキムラスカの王女が来られます。手配を要請して
もよろしいでしょうか」

「キムラスカの?何故だ」

「その事に関しても王女がここへ到着した際にお話しします」

「わかった。―――アスラン、行ってくれ」

「はっ!」

敬礼をしたアスランが素早く謁見の間を出て行く。その後姿を見送った後、ジェイドへ視線を戻すとジェイド
もまた謁見の間を出て行くのか、踵を返していた。

「連れがいますので。迎えに行ってきます」

そういい残し、ジェイドは謁見の間を去っていった。





*     *     *     *     *





気絶したガイを支えながら、グランコクマへ入ると、フリングスさんがやってきた。にっこりと微笑むフリン
グスさんに、思わず懐かしさが込み上げてくる。俺の世界ではフリングスさんは死んでしまった。懐かしさ
と一緒に、フリングスさんの身体から温もりが急速に消えていくことも思い出してしまって、俺は慌てて頭
を振って思考を切り替えた。

「連れが怪我をしたので手当てを・・・」

「では、怪我人は宿屋へ運びましょう」

「僕が付いていきます。彼には・・・譜術が施されています。それは恐らく僕にしか解呪出来ないでしょう」

「頼む、イオン」

俺がイオンにだけ聞こえる程度の声で囁くと、イオンは一瞬物言いたげな視線を寄越してきたけど、結局は
何も言わずにただ無言で頷いてくれた。
イオンとガイと一旦別れて、ジェイドとも合流し、ピオニー陛下がいる謁見の間へ向かった。歩いている時は
みんな始終無言だった。ガイのカースロット(実際みんなはカースロットについてはまだ知らないけど)とか、
これから崩落するかもしれないセントビナーのこととかで頭がぐちゃぐちゃになっているから、喋る余裕が
無いのかも。俺だって、自分がどう立ち回ればいいのかを考えることだけで手一杯だ。
そんなことを考えながら歩いていたら、ふと視線を感じたので顔を上げて見た。ティアが俺が顔を上げた
途端にパッと前を向いた。今俺のことを見ていたのはティアなのか?なぜティアが俺を見ていたんだろう
か、ちょっと気になる。うーむ、とか内心で首を捻っているうちに謁見の間に到着して、ピオニー陛下への
挨拶もそこそこに、ナタリアが経緯を説明し始めた。
あ、そういや俺、普通にみんなとくっついていたけど、離れた方がいいよな。
なんてことに思い至ったので、話が進んでいく中そろりそろりと後ずさってみんなから距離をとる。少し離
れた場所に立ち、まぁこのくらいでいっか、とひとりで勝手に納得する。それから俺は話を遠巻きに訊いて
いた。



ん、と俺は突然王女たちから距離をとり始めた赤毛の少年へ目をやった。あの赤毛と翠の瞳は、キムラス
カの血筋を引く者だと一目でわかった。恐らくは、彼がこの報告の中から察するに、アクゼリュスを崩落さ
せた当人なんだろうな。そのくだりを話す王女の隣にいたナイスバディの女の子がちら、と後ろを目だけで
見ていたが、その双眸は冷え切っていた。
俺的にはそこまで非難することも無いと思うんだがなぁ。そんなことをぼやいたら、ジェイドにきっと侮蔑しき
った目で見られるに違いないから、口には出さないが。というか、目上の者に向かってそういう態度をして良
いと思っているかジェイド!俺はいつかあいつにガツンといってやるのが密かな野望だ。小さい野望だと思
ったやつは、即座に死刑な。俺は本気だ。いつでも本気だ。
・・・と、関係ない話が入ったが、アレだあれだ、赤毛の・・・ルーク、といったか。アイツは自分なりに反省を
していると思う。見た目では、何だか不真面目かつ不誠実そうな感じだが、あの綺麗な翠色の瞳はどこか
傷ついているように見える。深いふかい哀しみを湛えている。
俺は一国の王だ。人を見極めるのは人一倍長けている自信がある。その俺が言うんだから、間違いない。

だから俺は薄く口端を持ち上げてジェイドにいってやった。

「お前も堕ちたものだな。死霊使いとあろう者が、訊いて呆れる」

「・・・それは、どういう意味ですか陛下」

「言葉の通りだ」

悠然と俺が言い返すと、ジェイドは唇を真一文字に引き結んだ。
話しが一段落ついて、セントビナーの住人を避難させることに関しては王女に一任することになった。
こうやって芯が強い女性ってのも中々に魅力的だよなぁ。だが嫁にするには俺が尻に敷かれそうで怖い。
などとくだらないことに思考を巡らし始めてみた。少しくらい気を休める余裕をくれ。胸中で言い訳をしなが
らさらに嫁候補について考えようとしていたとき、はたとルークと目が合った。俺が一度瞬きをすれば、ルー
クは視線を泳がせた。仲間が全員謁見の間を出て行くのを待ってから自分も出て行くつもりだったのか。
それであちこちへ目をやっていて俺と運が悪く視線が出会ってしまったわけだ。

「ルーク」

「あ、はい。何でしょうか」

「少し訊きたいことがある。こっちへ来い」

「・・・・・・・はい」

なんだその微妙な間は。しかもどことなく嫌そうな顔をしていないか。俺はそんなに嫌われ者かっ。民には
割と好評で良い王様なんだぞ俺は!
近寄ってきたルークに、頬杖を付いて、俺は王様で偉いんだぞ。そうアピールしてみたけど、あまり効果は
なかった。鈍いやつめ。・・・まぁ、いい。

「セイル・ネイヴィス、という名の青年を知っているか?」

単刀直入に訊ねると、ルークが驚きに目を見開いた。それは肯定の証。

「どうやら知っているようだな」

「なぜ陛下がセイルを?」

「お前たちが来る少し前に来たんだよ」

何でも、大切なものを失くしたくないんだそうだ。
俺が言うと、赤毛の青年は、みるみるうちに表情を崩していった。まるで、感情を上手く制御出来ないこども
がそれを持て余しているかのような、そんな表情だった。
嬉しそうでいて、泣きそうな、そんな表情。
今にも切れてしまいそうな糸のように危うい存在に感じられていたこの少年が、漸く心の拠り所を見つけた
ようだったので、俺は小さく笑った。



あぁ、やっぱりセイルは<ガイ>だったんだ。俺の知っている、ガイなんだ。
ガイが、俺のことを助けてくれている。そうわかった瞬間、俺は声を上げて泣き出したかった。今すぐこの場
を飛び出して、ガイを探しに行きたかった。
<この世界>でひとりじゃないんだと知って、心の底から安堵した。そしてガイにこれまで以上に感謝した。
嬉しくて、涙が零れそうになる。俺はそれを懸命に堪えた。
かなしみの涙を、俺はこれまでに何度も零してきた。悪夢を見ているようで、怖くてこわくて。
みんなと同じ場所にいると、息が詰まりそうで、その場からいつも逃げ出していた。
その度に泣きたくて、でもミュウに慰められていたから、ギリギリで保ってこれていたけれど。
嬉し泣きくらい、我慢しなくてもいいかな。ちょっとだけだから。泣いても、いいよな。そう自分に言い聞かせ
てみた。
目の前にはピオニー陛下がいたけど、ぼろりと頬を伝った一滴の大きな雫が手の甲に落ちたら、涙は堰を
切ったかのように止まらなかった。ひぐ、と喉が引き攣って嗚咽となって口から漏れる。何度も手で涙を拭
っても拭いきれない。身体中の水分が涙となって出てきているみたいだ。それくらいに、涙は後からあとか
ら溢れ出して来た。
もういっそのこと、俺の抱えている想いも吐露してしまいたい。吐き出して、この重荷を誰かと共有してしま
いたかった。
だけど、もう少しの辛抱だ。我慢できるはずだ。ガイが、ガイがいてくれるんだから。
まだ頑張れる。俺は前へ進める。



真っ暗だった世界に、たったひとつの光の筋が見えた気がした。

それは、とても見慣れた色の光だったんだ。

柔らかくて、温かな、金色の光。



















微妙に引っ張っています。
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11.23